作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。
10月26日(日)の放送は「村上RADIO~アナログ・レコードで、ジャズのちょっとこのあたりを…~」をオンエア。今回は、村上DJの自宅レコード棚から味わい深いアナログ・レコードを紹介する貴重な特集。普段、あまり注目されることのないジャズの隠れた名曲を、村上DJのセレクトと絶妙な解説でお届けしました。
この記事では、後半1曲とクロージング曲、今日の言葉について語ったパートを紹介します。
「村上RADIO」
◆Sonny Stitt「Try a Little Tenderness」
ソニー・スティット、楽器を手に持って生まれてきたんじゃないかと思えるくらい、サキソフォンという楽器に精通した人です。本当にもう身体の一部になっているみたいに。ただあまりに天才的に上手すぎて、どんな難しそうなことでも、すらすらあっけなくこなしてしまうので、ときおり「ちょっと深みに欠けるかもな。もう少しくらい苦労があってもいいんじゃないか」と感じさせられることもありました。本来はとても優れた音楽家なんですけどね。音楽ってなかなか難しいものです。
ずいぶん昔に日本に来たことがあって、日米合同のジャム・セッションみたいなことをやったんですけど、なかなか豪華なメンバーで、ベニー・ゴルソンなんかも入っていました。僕もそのジャムを聴きに行ったんだけど、そのときとてもくたくたに疲れていまして、ほとんどうとうとしていて音楽もろくに聴いていませんでした。でもソニー・スティットがソロを取ると、はっと目が覚めちゃうんです。なにしろ素晴らしい音色だから。で、スティットのソロが終わるとまたすやすや寝ちゃう。それからまたスティットのソロではっと目が覚めるという繰り返しでした。
そのソニー・スティットの演奏を聴いてください。「Try A Litte Tenderness(優しさをちょっと試してみれば……)」。ラルフ・バーンズがストリング・セクションの伴奏をつけます。
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<クロージング曲>
Gene Quill「Smoke Gets In Your Eyes」
今日のクロージング音楽はアルトサックス奏者、ジーン・クイルさんの演奏する「Smoke Gets In Your Eyes(煙が目にしみる)」です。伴奏はハンク・ジョーンズ・カルテット、1956年の録音です。ジーン・クイル、実力の割に過小評価されているジャズマンの1人ですね。これという代表作がないのがこの人の弱みなんですけど。
さて、今日の言葉は、そのジーン・クイルさんの言葉です。クイルさんは1950年代から60年代にかけて活躍し、チャーリー・パーカー派の逸材として名を知られていました。この時代のアルトサックス奏者って、だいたいみんなチャーリー・パーカーの影響を色濃く受けていました。受けないわけにはいかなかったんです。パーカーの音楽はあまりに偉大で強烈だったから。でもみんな誰かの真似をしながら、そのうちにだんだん自分自身のスタイルを発見していくものなんですね。ジーン・クイルもそんな1人でした。
あるとき彼がジャズクラブでの演奏を終えて引き上げてくると、批評家風のいかにも小生意気な若い男が寄ってきて言いました。「なあ、あんたの演奏って、チャーリー・パーカーがやってることとまるで同じじゃないか」と。クイルさんは手にしていた楽器を相手に向かって差し出し、こう言いました。
「ほれ、おまえやってみろ。チャーリー・パーカーと同じことをやってみろや」
批評家ってほんとに好き勝手なことを言いますよね。でもアーティストはあれこれ勝手なことを言われながら、それぞれ勝手に成長していくものなんです。
それではまた来月。
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<番組概要>
番組名:村上RADIO~アナログ・レコードで、ジャズのちょっとこのあたりを…~
放送日時:10月26日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/