小説家・小川哲(おがわ・さとし)がパーソナリティをつとめるTOKYO FMの新ラジオ番組「Street Fiction by SATOSHI OGAWA」(毎週日曜5:30~5:55)。「地図と拳」で直木賞を受賞した小川が、リベラルアーツをコンセプトにゲストとの対談、本の音声レビュー、シンポジウムやイベント等のレポートなど、さまざまな気付きを番組を通じてお届けします。
4月16日(日)、23日(日)放送ゲストは、書評家の長瀬海(ながせ・かい)さん。この記事では、16日(土)の模様を紹介します。小川と長瀬さんが、4月13日(木)に発売された村上春樹さんの新作「街とその不確かな壁」(新潮社)や、お気に入りの村上春樹作品について語り合いました。
(左から)長瀬海さん、パーソナリティの小川哲
◆村上春樹の新作を誰よりも早く読破したかった
小川:4月13日、実際に本(「街とその不確かな壁」)を手にした瞬間はどうでした?
長瀬:まず、収録に間に合わせるために、2日で読まないといけないミッションを与えられて、僕は大学で講師をしているのですが、ちょうど新学期がスタートしたタイミングだったんですね。「(時間がなくて)まずいな」と思ったので、13日0時になった瞬間に電子書籍をダウンロードして寝ずに読みました(笑)。
小川:ありがとうございます!
長瀬:大学の授業を終わってから本を手に入れて、そこから続きを読んで1日ちょっとで読み終えた形です。
小川:僕はズルをしていて、新潮社の書評の仕事でプルーフ(校正刷り)を手にしていまして。2月15日ぐらいに届いたんですけど、番号がふられていて17番だったんですよ。限定数のプルーフしか配っていなくて、流出したら犯人が特定される仕組みになっていたんです。なくさないように緊張しながら(読みました)。
僕はプルーフが届いた日の朝から読み始めて、その日の夜に読み終わりました。もちろん村上春樹さんが一番読むのが早いんでしょうけども、(関係者ではない)無関係な人のなかで世界最速で読んでやろうと思いました。読み終わってから、書評の仕事を依頼した編集者に感想を送ったんです。そうしたら編集者から「まだ読んでいないから感想を送られてもわかりません」と言われました。
長瀬:じゃあ小川さんは、この2ヵ月間、誰にも感想を言えずに孤独な状況だった?
小川:そうなんですよ。1人だけ(内容を)知っている人に会ったんですけど、ほかの人もいたんで感想は言えなかったんです。「すごい小説でしたね」って抽象的な話だけをしましたね(笑)。2ヵ月感想が言えず、今回の番組があったので、何日か前に読み返して今日を迎えたって感じです。
長瀬:じゃあ今回は思いの丈を存分に。
小川:もちろん、まだ読み終わっていない人もたくさんいると思うし、これから読もうとしている人、どういう本なのかなって興味本位で(ラジオを)聴いている人もいると思うので、詳しい内容については次回の放送でじっくり話そうと思います。
長瀬:僕は面白かったですね。この20年ぐらいの村上春樹作品のなかで一番好きかなと思います。
◆お気に入りの村上春樹を語る
小川:何回も読み返している村上春樹作品があって、自分にとって好きな作品が時期によって変わっていくので、それも面白いなと思っているんですよね。長瀬さんが一番好きな作品は何ですか?
長瀬:最初に出会った「ダンス・ダンス・ダンス」(講談社/1988年)は、今でも印象に残っているので好きですね。でも、「海辺のカフカ」(新潮社/2002年)に書かれている内容と物語の技法、いわゆるマジックリアリズム(非日常・非現実的なできごとを緻密なリアリズムで表現する技法)があり好きな作品です。小川さんはどうですか?
小川:最近は「ノルウェイの森」(講談社/1987年)を推しています。僕はやっぱり同業者の目で読んでしまうんですけど、「海辺のカフカ」は技術的にすごい作品ですね。春樹さんの小説の技術における根幹にある2つのものを対比させて、その2つをずらしたり比較したり、位相を変えていく手法が「海辺のカフカ」はひととおりのレベルまで極まった感じがしています。
ただ、「ノルウェイの森」は小説的な技術の水準っていうよりも、単純に比喩とかユーモアの手数とキレに脂が乗っているんですよね。僕自身の「こういう小説を書きたいな」という時期によって、(好きな村上作品は)けっこう変わってくるのかなと思います。1人の読者だったときの感想とは違ったものになるんですけど。
長瀬:僕も「ノルウェイの森」はすごく思い出のある作品です。僕は早稲田大学出身で、大学1年目のとき、のちに僕の先生としてずっと仲良くさせていただく加藤典洋さんのゼミに入ったときに「ノルウェイの森」を読んだんですね。
そのときに詳細な地図を一緒に作ったんですよ。早稲田が舞台なので、地図を全部作って、それを見ながら一緒に歩くみたいなこともやったので、非常に思い入れのある作品です。
小川:それをすることで、読みが変わる箇所もあったんでしょうか?
長瀬:そうですね。一番僕が覚えているのは「早稲田年報」という、早稲田大学で何が起こったのかが詳細に記されているものがあったんですね。それと村上春樹の作品のなかで書かれているものが時系列的に合うんですね。
ただ、ちょっと違っている部分もあったりして、「その違いっていうのは何だろうってところから批評が生まれる」ということを、加藤典洋さんから教わりました。そういう意味で「ノルウェイの森」は僕の批評の原点にあたる作品だと思います。
小川:それは面白いですね。
◆小説家にとって村上春樹はどんな存在?
長瀬:小川さんにとって村上春樹はどんな小説家なんですか?
小川:難しいですね。単純にデビュー前から読んでいる好きな作家でもあるし、影響とかは受けているのかなあ? 村上春樹作品がどうして多くの人に読まれているのか、どうして海外の人が好んでいるのかを僕なりに分析して、みんながいいなと思っているところを自分の技術・手法として得ることができるかもしれない。つまり作家として、すごくわかりやすくて参考になる大きな目標なのかなって気はしますね。
もちろん僕は村上春樹ではないので、すべてを真似できるわけじゃないし、すべてを盗めるわけでもないんですけど。僕なりに研究し甲斐がある、考え甲斐のある作家なのかなという気がしています。
たとえば、村上春樹作品で問われていくテーマやモチーフって、春樹さんにとっては切実なものでも僕にとっては必ずしもそうじゃない場合があるんですね。逆に言うと、僕にとって切実なテーマやモチーフがあるわけで。なので、僕はどちらかと言うと、テーマやモチーフに共感して読んでいるというよりも、技術的にものすごい作家なので、そういうところを勉強させていただいているっていう感覚もけっこうありますね。
長瀬:技術的な部分で学んだり盗んだりする部分が多い?
小川:そうですね。日本語で文章を書いている作家として、文章の作り方は唯一無二の存在だと僕は思っています。テーマやモチーフの小説的な転がし方、展開のさせ方など、作家としての気づきはいろいろあります。
番組では他にも、村上春樹が書くマジックリアリズムについても語りあいました。ぜひ、AuDee(オーディー)でチェックしてみてください。
<番組概要>
番組名:Street Fiction by SATOSHI OGAWA
放送日時:毎週日曜5:30~5:55
パーソナリティ:小川哲
番組Webサイト:
https://audee.jp/program/show/300005062