アーティストの「こっちのけんと」がパーソナリティをつとめるTOKYO FM のラジオ番組「G-SHOCK presents THE MOMENT」(毎週金曜17:00~17:25)。さまざまなゲストをお迎えし、生まれてからこれまでの時間のなかで、人の心に刻まれている「人生が変わった瞬間」=“MOMENT(モーメント) を探ります。
2月28日(金)と3月7日(金)の放送では、新浜レオンさんが出演。この記事では3月7日(金)の放送の模様をお届けします。大学生時代に出場した「ミスター大東コンテスト」での歌唱エピソードや、人生の転機となったNHK紅白歌合戦出場、演歌歌手の父とのエピソードなどについて語りました。
新浜レオンさん、こっちのけんと
1996年生まれ、千葉県出身の新浜さん。2019年にシングル「離さない 離さない」でデビュー。「第61回日本レコード大賞」新人賞を受賞し、翌年は「第34回 日本ゴールドディスク大賞」ベスト・演歌/歌謡曲・ニューアーティストに輝きます。他にも、サンリオとコラボキャラクターを制作するなど幅広く活動。2024年は、木梨憲武さんがプロデュース、所ジョージさんが作詞作曲を手がけた楽曲「全てあげよう」が大ヒット。同年の「第75回NHK紅白歌合戦」にも出演しました。
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◆昭和の演歌歌手を目指した大学生時代
こっちのけんと:先週は小学生の頃のあだ名のお話から、高校で野球部のキャプテンになった話などを伺いました。それでは、新浜レオンさんの人生が変わった瞬間、3つ目のモーメントは何でしょうか?
新浜:「大学3年生 『ミスター大東コンテスト』でグランプリ獲得」!
こっちのけんと:大東文化大学のミスター大東コンテストでグランプリをとったということですが、どういったきっかけで応募したんですか?
新浜:そもそも、自分は自身の容姿に自信がなかったんですね。体重の話で言うと、大学3年生の頃のほうが今より25kgぐらい多いんですよ。
こっちのけんと:そうなんですか!?
新浜:趣味が筋トレで、当時の自分は「男は体がでかくて色黒で、刈り上げだろ!」と思っていたんです(笑)。
こっちのけんと:真っすぐだったんですね(笑)。
新浜:高校3年生で野球を引退したときから、「演歌・歌謡曲の世界で歌手になりたい」と志していました。そこから、「一体どんな演歌歌手になりたいのか」という自己プロデュースしていたんです。
こっちのけんと:素晴らしい。
新浜:当時、演歌歌手だけど茶髪にしていたり、ピアスを開けていたりと、それまでとは違う雰囲気の若手が続々と出てきていました。それを大学生時代の僕は冷静に見ていたんです。
こっちのけんと:なるほど!
新浜:「このままだと埋もれちゃう!」と思って、目立つためにいろいろ考えました。せっかく野球をやっていたし、体も大きいので山本譲二さん、いわゆる原点の演歌歌手を(目指そうとしました)。ザ・昭和というか、色も黒くて髪も短い、ガチっとして刈り上げて、スーツでネクタイをビシっとして歌う演歌歌手。これだなと思いました。黒のイメージのかっこいい感じで演歌に行ったら、逆に目立つのではと思ったんです。
こっちのけんと:めっちゃいいですね。
新浜:ミスター大東のコンテストには、「若い人にも演歌・歌謡を聴かせたい」という気持ちで出場しました。僕が小さい頃から父は演歌歌手だったのですが、「いい曲があるのに、演歌というだけで聴かれないのは悔しいな」って思いながら生きてきたんです。ミスターコンテストに出れば、自己PRコーナーで若い人たちの前で演歌・歌謡を歌えると思ったんです。
こっちのけんと:なるほど!
新浜:審査員はみんな学生だったので、歌えるチャンスがあると思って出場しました。自己PRコーナーでは、森田公一とトップギャランの「青春時代」を歌いました。
こっちのけんと:おお! 昭和も昭和の曲ですね。これを伝えたいという思いがあった?
新浜:はい。歌いながら会場を歩いて握手するシーンがけっこうあったのですが、それを学生の前でやったらどうなるのかと考えました。ある種の挑戦です。イントロが流れて階段を降りたら、周りはざわめきました。
こっちのけんと:キャーってよりは「なに? なに?」って感じですよね(笑)。
新浜:学生と握手しながら歩きました。そうしたらけっこう盛り上がって、グランプリをいただいたんです。
こっちのけんと:すごい!
新浜:そのときに、聴いてもらえたら「歌謡曲もいいね」と言ってもらえるんだと思いましたし、ある種の自信にもなりました。調べると当時の写真っていっぱい出てくるんですけど、出さないでほしい(笑)。
こっちのけんと:これはこれでかっこいいですよ!
◆紅白の「全てあげよう」にこっちのけんとが涙
こっちのけんと:続いて、新浜レオンさんの人生4つ目のモーメントは?
新浜:「2024年 NHK紅白歌合戦初出場」です!
こっちのけんと:本当におめでとう!
新浜:お互いにおめでとう! これは嬉しかったなあ。
こっちのけんと:これがなかったら出会ってない!
新浜:紅白歌合戦では野球の話もさせていただきました。自分のなかでは、ある種、紅白を“甲子園”として活動してきて、各地のイベントでも「絶対に今年こそ紅白に出たいんです」と、デビューして5年間、ずっと言い続けていたんです。「今年こそは」という気持ちでやっていて、やっとみなさんの応援のおかげで叶いました。
こっちのけんと:めっちゃよかった。
新浜:出られた喜びもあるんですけど、おっしゃるようにこの出会いが何より幸せで。あと、出る喜びもそうなんですけど、本当にみなさん喜んでくださるじゃないですか。
こっちのけんと:めっちゃわかります。自分より喜んでくれている人がいますよね。
新浜:小さい頃からみんなで大晦日は紅白を観ていたんですけど、父が「ここに出れることは本当に難しいんだぞ。ここに演歌・歌謡で出られる人はこれぐらいなんだ」とずっと言っていて。誰よりも父が紅白に出る難しさを知っているので、父が初めて涙を流して喜んでくれましたね。
こっちのけんと:嬉しいなあ。
新浜:母親もあれだけ歌手になるのに反対していたのに、今や“レオン様”呼びですよ(笑)。
こっちのけんと:いいお母さん(笑)! かわいいなあ。「全てあげよう」、本当にいい曲なんですよ。
新浜:嬉しいっす!
こっちのけんと:紅白のとき、所ジョージさんと木梨憲武さんとレオンさんの3人が出てきて。最後の最後、所さんと木梨さんがレオンさんを前に届けて、(レオンさんのステージパフォーマンスでおなじみの)“膝スライディング”で決めポーズをして終わりましたよね。「全てあげよう」という曲が成してきたものを、物理的な表現として見届けて、所さんと木梨さんがレオンさんの背中を押してあげている感じがめちゃくちゃ出ていました。楽屋で見ていたんですけど、普通に泣きましたね。
新浜:それを紅白の日も言ってくれたのがすごく嬉しかったです。
こっちのけんと:あれは毎年、年末に見たい(笑)!
◆一丸となってこっちのけんとを祝福
新浜:2024年の「第66回 輝く!日本レコード大賞」最優秀新人賞受賞、本当におめでとうございます!
こっちのけんと:ありがとうございます!
新浜:あのとき、僕も所ジョージさんが「全てあげよう」の作曲賞を受賞されていて、僕もその現場に行っていたんです。新人賞の部門で歌われていて、最優秀新人賞がこっちのけんとさんと発表されたときに、控室で「うわ~!」ってなりました。そこから、もう1回「はいよろこんで」が聴けるなって思いました。
こっちのけんと:アンコールがありますもんね(笑)。
新浜:最優秀新人賞の人だけもう1回歌えますからね。
こっちのけんと:受賞できたことはもちろん嬉しかったんですけど、戻ったときも、うちのスタッフ陣もボロボロに泣いていて。しかも、年の瀬に会っていた、それこそレオンさんのチームだったりDa-iCE(ダイス)さんのチームだったり、いろんな人たちみんなもおめでとうの空気で、一緒に喜んでくれたんですよね。それがめっちゃ嬉しかったんですねえ。
新浜:スタッフのみなさんも一緒に頑張ろうって感じが、僕も心を打たれました。
<番組概要>
番組名:G-SHOCK presents THE MOMENT
放送日時:毎週金曜 17:00~17:25
パーソナリティ:こっちのけんと