作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。
12月28日(日)の放送は「村上RADIO~ブライアン・ウィルソン・メモリアル~」をオンエア。今年6月に亡くなったブライアン・ウィルソンの豊かな音楽性と波乱万丈の人生を、ソロ活動時代の名曲とともに振り返りました。番組では、あえてビーチボーイズ時代のヒットソングは取り上げず、ソロ時代のブライアンの音楽のみを村上さんの選曲でお届けしました。独学のピアノから生まれた美しい楽曲や、孤立と苦悩の時期があったからこそ生まれた深みのある楽曲、あまり世に知られてはいない村上さんのお気に入りの曲などを紹介しながら、ブライアン・ウィルソンの音楽人生をたどりました。
この記事では、オープニングトークと前半2曲について語ったパートを紹介します。
村上RADIO
こんばんは、村上春樹です。今年ももうそろそろ終わりですね。何だかあっという間に1年が過ぎてしまいました。この1年いろんなことがありましたが、6月にビーチボーイズの中心人物だったブライアン・ウィルソンがこの世を去りました。ブライアンは1942年生まれ、亡くなったとき82歳、デビュー以来60年以上にわたる豊かな、そして波乱に富んだ音楽人生でした。今夜は彼を偲んで、「ブライアン・ウィルソン・メモリアル」というタイトルで番組をお送りします。
番組全体が彼の思い出にささげられます。今回はビーチボーイズ時代のよく知られた曲は思い切ってそっくり外して、彼がグループを離れてソロ活動に移ってからのものに絞って選曲しました。
<オープニング曲>
Brian Wilson「I Just Wasn't Made For These Times」
というわけで、今夜のテーマ音楽はいつもと違います。ブライアン・ウィルソンが1人でピアノを弾いて演奏する「I Just Wasn't Made For These Times(僕はこの今の時代に向いてないんだ)」です。これはビーチボーイズ時代の曲ですが、2021年にリリースされた『At My Piano』というピアノソロアルバムに収められています。彼は正式なピアノのレッスンを受けなかったけれど、独学で自分なりの演奏法を見つけ出し、以来その楽器は孤独な10代の少年が心の丈を打ち明ける大切な相手になりました。テクニック的には決して上手なピアニストとは言えませんが、自宅の居間にあったその古いアップライト・ピアノから、数多くの美しい曲が生み出されました。
◆Brian Wilson「Love And Mercy」
ブライアンは1966年に、ビーチボーイズを率いてリリースしたアルバム『ペット・サウンズ』で音楽的に高く評価されますが、そのあと深刻な精神的なトラブルに見舞われ、ドラッグとアルコールに溺れて、創作エネルギーは徐々に奥に追いやられ、ビーチボーイズの他のメンバーとの関係ももうひとつしっくりしないものになっていきます。この時期にも優れた曲、印象に残る曲は数多く生み出されているのですが、残念ながらかつてのサーフィン・ミュージック時代のような幅広い人気は得られませんでした。
でも精神科医の治療を受けて、それなりに回復を遂げ、1988年にリハビリのようなかたちで、彼にとっての最初のソロ・アルバムを発表します。アルバムのタイトルはそのものずばり『Brian Wilson』、その中から「Love And Mercy」を聴いてください。この曲は前にも一度かけたことがあるんですが、良い曲なのでもう一度かけます。愛と慈(いつく)しみ。ブライアンはそういうものを真剣に必要としていたんですね。心を癒やす美しいメロディーです。
ブライアンは自分のバンドのステージの締めくくりに、この「Love And Mercy」をピアノの弾き語りで、1人静かに歌いました。そして曲の終わりに客席に向かって「グッドナイト」と言います。それはいつも、ほんとに素晴らしいコンサートの終わり方でした。
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<番組概要>
番組名:村上RADIO~ブライアン・ウィルソン・メモリアル~
放送日時:12月28日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/