作家・村上春樹さんがディスクジョッキーをつとめるTOKYO FMのラジオ番組「村上RADIO」(毎月最終日曜 19:00~19:55)。
5月25日(日)の放送は「村上RADIO~ワルツが聴きたい~」をオンエア。今回は55分まるごとワルツ特集! 村上さんが自宅のレコード棚から持参したアメリカのワルツ、ジャズ・ワルツ、日本語で歌われるワルツなど、幅広いジャンルの選りすぐりのワルツをオンエアしました。
この記事では、後半1曲と「収録中のつぶやき」「クロージング曲」今日の言葉」について語ったパートを紹介します。
◆デイヴ・ブルーベック「キャシーズ・ワルツ」
デイヴ・ブルーベック・カルテットの「キャシーズ・ワルツ」を聴いてください。ベストセラーになったアルバム『タイム・アウト』の中に入っていたとても美しい曲です。このアルバムには変拍子、つまり通常ではないリズムを用いた曲が集められているのですが、この「キャシーズ・ワルツ」もリズム的にはかなり凝った内容になっています。まず普通の4拍子で始まって、すぐに3拍子のワルツに変わり、それから3拍子と4拍子が微妙に組み合わさった展開になります。リズムセクションが基本ワルツで、ピアノがブロックコードでフォービート、みたいな感じですね。それから再び純粋なワルツに戻ります。
というわけでリズム的にはそうとう目まぐるしいんだけど、メロディーが素敵なので、違和感みたいなものはそんなにありません。
それでは変拍子のワルツを聴いてください。デイヴ・ブルーベック・カルテットの演奏する「キャシーズ・ワルツ」。キャシーというのはブルーベックの娘さんの名前です。
<収録中のつぶやき>
じつは昔、僕、この曲の楽譜を買ってきてピアノの練習したんだ。ブルーベック自身がこれをソロピアノ用に編曲して、楽譜を出してたんだよね。それを見つけて買って一所懸命に練習したんだけど、とうとうものにならなかったな……。
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ワルツ特集いかがでしたか?
今日のクロージング音楽は、ヨハン・シュトラウス2世が作曲した「美しく青きドナウ」です。ウィンナ・ワルツの極めつけとも言うべき名作ですね。演奏はフィラデルフィア管弦楽団、指揮はユージーン・オーマンディ。10代の始め、僕がクラシック音楽を聴き始めた頃、このレコードをよく聴きました。懐かしいです。
今日の言葉は上皇后(じょうこうごう)、当時は皇后であった美智子様が平成7年に詠まれた短歌です。その年の文化の日の歌会で、「道」というお題のもとに詠まれたものです。
「かの時に
我がとらざりし分去(わかさ)れの
片への道はいづこ行きけむ」
「分去れ」というのは分岐点のことです。「片への道」は片方の道、「いづこ行きけむ」はどこに行ったのでしょう。ざっくり現代語訳をしますと、
あのとき分岐点で、私がとらなかったもう片方の道は、どんなところに行ったのでしょうね
ということになります。
誰の人生にもそういう分岐点は多かれ少なかれあると思うのですが、美智子様は皇后であられただけに、そこに含まれた意味あいはいっそう深いですね。これはあくまで僕の個人的な印象ですが、「もし私が皇室の籍に入ることなく、普通の人の人生を歩んでいたとしたら、いったいそれはどのような人生だったのでしょうね」という意味にとれなくもありません。
いずれにせよ率直な思いを託された、人間味あふれる御歌(おうた)だと思います。「瀬音(せおと)」という歌集に収められています。
かの時に
我がとらざりし分去(わかさ)れの
片への道はいづこ行きけむ
それではまた来月。
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5月25日(日)放送分より(radiko.jpのタイムフリー)
聴取期限 6月2日(月)AM 4:59 まで
※放送エリア外の方は、プレミアム会員の登録でご利用いただけます。
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<番組概要>
番組名:村上RADIO~ワルツが聴きたい~
放送日時:5月25日(日)19:00~19:55
パーソナリティ:村上春樹
番組Webサイト:https://www.tfm.co.jp/murakamiradio/